当サイトでは常々、ビンテージシューズの全てが良いというわけではないことをお伝えしてきたつもりです。
たしかに現行品を遥かにしのぐ良質な革、珍しいエキゾチックレザー、現行品にはないラスト、廃盤になったモデル、現在消滅してしまったブランドの靴、などなどビスポークシューズでしか得られないメリットが数多くあります。
しかし、デメリットもあります。
底が突然バリバリと剥がれてきたり、革が普通では考えられないところからクラック(裂け)が入ったり。
そのデメリットも小さなものではなく、決して看過できない重大なものも多いわけです。
今回、私の身に起きたビンテージシューズの最大のデメリットをお伝えしましょう。
しかも結構今回は深刻なレベルです。
さて、まずはその問題がなぜ「深刻なレベルの問題」なのかをご理解いただくためにも、
グッドイヤーウェルト製法の構造をおさらいしましょう。
目次
グッドイヤーウェルト製法とは
米国のチャールズ・グッドイヤー2世がハンドソーンウェルト製法をもとに、機械化し、量産できるように開発した製法です。
特徴は堅牢性が高い構造になっていることです。分解図はこんな感じです。フリーハンドで書いたので汚いですがお許しください。
メーカーにもよりますが、おおよそ200~250、その中でもプレミアムなコレクションになってくると300にも及ぶ工程を経て、靴が作られようになるため、少なくとも2か月作られるのが通常です。そのため、ちょっとやそっとのことでは壊れない頑丈な靴に仕上がります。
その分、靴全体が固い履き心地になるのは必至で、その履き心地の固さはあらゆる製法の中でも顕著です。
しかし、底に厚みが出るため、中底(足に直接触れる面)とソール(本底。地面に接地する)の間に空間が出来、その中にコルクなどの中物を入れることが可能です。
そして体重がかかるとそのコルクが足型に変形していくため、履き心地はより自分の足に合うようにフィッティングが変わっていくので、履けば履くほど履き心地の良い靴へと変わっていくのが最大の良い点です。
コルクが地面からの衝撃を吸収するため、クッション性も高く、マッケイ製法などの軽くて最初から履き馴染みのしやすい製法の靴よりも、歩行や立ち仕事の時はかえって疲れにくいというメリットもあります。
主にイギリスやアメリカの革靴がこの製法を採用しています。
さて、なぜこれだけの工程と期間がかかるのでしょう?
それは、すくい縫いと出し縫いとで、2回に分けて靴の底を縫い上げているためです。
1回目の縫い:すくい縫い
中底にリブという、縫いシロとなるテープが貼り付けられており、甲革、裏革(足に当たる中側の革)とウェルト(細い帯状の革なので“細革”とも呼ばれます)を縫い付けます。
これがすくい縫いと呼ばれるもので、この縫い目は隠れたところを縫っているので、通常分解しないと見えません。(すくい縫いが甘く浮き上がってくるものがありますが)
2回目の縫い:出し縫い
すくい縫いによって縫い付けられたウェルトと地面に接地するソール(本底、一番外側につけられているソールなのでアウトソールとも呼ばれます)を縫い合わせます。
これが出し縫いと呼ばれるもので、靴の外周をぐるりと縫い合わせたものになります。こちらはすくい縫いとは異なり、その縫いを目視で確認できます。
また、コルクの沈み込みによる中底の変形にも耐えうるように、中底も堅牢なものになっているのが特徴です。
そのため純正のラスト(木型)がなければ、中底に形づけることができないため、インポートシューズなどの場合だと、中底が破損した場合オールソールが出来ないことは多々あります。
なぜならそこまで行くと靴を1から作るよりも大変な作業になるからです。
技術的には出来ても、馴染みが出て、経年変化が進んだ甲革を吊り込むのは非常に難しいのだそうです。それを理由にグッドイヤーウェルト製法の中底修理を受け付けないメーカーも少なからずあるほどです。
グッドイヤーウェルト製法のおさらいはここまでです。
グッドイヤーウェルト製法についてより詳しく知りたい方はこちらの記事をお読みください。
この基本情報をもとに、今回起こった悲劇をお伝えしてきます。
第1回目の剥がれ
実は今回起こった問題も旧チャーチでした。
最初にこのトラブルを紹介したのは「ビンテージの革靴と雨について」という記事。
それからオールソールをする時に、「旧チャーチの品質は本当にいいのか? ビンテージシューズ激論」という記事にして当サイトで扱いましたが、この時は、デッドストックながら雨に打たれるや否や、出し縫いの糸が切れてしまい、ソールとウェルトがはがれてしまい、完全に分解してしまったのです。
これはその一回目のトラブルの時に撮った写真です。
グッドイヤーウェルト製法といえども、完全に糸の縫い付けだけで止まっているわけではなく、接着剤も使っています。
こうした問題が発生した理由はいくつかあります。
まず根本はに30年~40年近くも経っているので、使っていなくてもモノの劣化が進んでいただろうという事です。
出し縫いの糸の劣化、接着剤の劣化、そして雨。
各パーツの劣化に雨という追い打ちが掛かり、とどめとなったということです。
この時は普通にオールソールだけで終わったかと思ったのですが…
2回目の問題 すくい縫いが切れた!
そして2回目の問題はいよいよ深刻となりました。
なんと本来グッドイヤーウェルト製法では、目視することができないはずのすくい縫いまでも浮いてきてしまって、丸見え状態に!
これはハンドソーンウェルテッドの靴に散見される致命的な問題のひとつです。ハンドソーンウェルテッドの場合、すくい縫いの工程を人間の手で行うために別名9分仕立てともいわれるのですが、機械ほど強く、一定の力で縫いをかけられないために、このすくい縫いが甘いと、今回の様にすくい縫いが丸見えになることがあるのです。
大して履いてもいないのにこんな風になっちゃうハンドソーンウェルトの靴は職人さんの腕があんまり良くない証拠です。
しかし、今回起こったのはグッドイヤーウェルト製法。しかもオールソールしたばかりだったのに…
しかもしかも!
よく見るとなんとすくい縫いが切れています(涙)
すくい縫いが切れたまま履き続ければ、靴が完全に型崩れし、純正のラストがなければ(あっても怪しいですが)オールソールをすることはできなくなります。
これはすぐに処置しなければなりません!履くことは厳禁です!
中底が割れたりしていなければ、すくい縫いをし直すことは可能です。
しかし、グッドイヤーウェルト製法で、ラスト(木型)がないインポートシューズの場合、日本でやるには、このすくい縫いを手縫いで行うしかありません。
ウェルトが傷んでいた場合、リウェルトの修理代もかさみますから、相場で修理代を計算すると…
オールソール…15,000円
手縫いでのすくい縫い×両足フルで…10,000円
リウェルト…10,000円
パッと計算しただけで、なんとこれだけで、35,000円もしてしまうのです!!!
この靴を修理しても、もしかしたら中底が破損する可能性もあります。
すくい縫いの縫いシロとなるリブも経年劣化して、普通に履いた時よりも想像以上につぶれてしまっている可能性もあります。
そう。直せるかどうかも怪しく、直せたとしても、さらに第3の悲劇が待ち受けているかもしれないのです!!
次は突然中底が割れたりして…
今まで中底が突然割れたことはないですが、
絶対にないとは言い切れません。むしろ確率的にはそんなトラブルが起きるほうが高いんじゃないのか??
ああ、恐ろしい!
これがビンテージシューズの恐ろしいところなのです。
見た目でわからなくても、劣化が想像以上に進んでいたりすることはよくあることで、しかも決して元の作りや素材が悪くなかったモノでも平気でこういうことが起きるのです。
時の重みとは凄まじいものがあります。
しかし…
この靴…この革質は本当にもはや手に入らないレベル。ああ、一回目のオールソールの時にすくい縫いもしなおしておいてもらえばよかった…。
どうにかして直して履きたい。
そう。またすぐに壊れるかもしれないと思っていても、その品質の高さゆえに捨てずに直して履こうと思ってしまうという靴好きゆえの2次災害が起きる!
これがビンテージシューズの恐ろしいところです!!!(2回目)
普通に良い靴が欲しいなぁ。と思っているくらいの方はビンテージシューズの世界へ踏み入れるのをおススメしないです。
本当に怖い世界なんですよ。
いくら現行品がああだこうだ言っても、私が連日現行品をおススメし続けているのには、それなりの理由があるからこそなのです。
皆さん。現行品を買いましょう(笑)
覚悟のある方以外はこの世界に来てはいけません。
捨てられない、という悪魔に憑りつかれた私からの切なる願いです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。