便利な世の中になったもので、インスタグラム等でシューメイキング世界選手権に出たような、超絶技巧をこらした靴をしばしば見つけることができます。
1900年~1920年代(ぎりぎり1930年代も)の靴を見ると、今の靴がいかに大量生産向けになっているかがわかるもので、あまりに緻密なつくりに驚かずにはいられません。シューメイキング選手権に出ている靴は、それらの靴に肉薄する作りの素晴らしさ。
ただ、何もかもが別次元であった靴も昔では当たり前。靴職人が靴を通して「靴づくりこそが人生そのもの」と語りかけてくるようなものばかりです。
そしてそれでいて、実に実用的な雰囲気を醸し出しているのはさすがというほかはありません。
シューメイキング選手権に出るような靴はメイキングに重きを置いているので、細すぎるウエストなど実用性はあまり問われません。
靴には実際の履き心地には関係のない意匠がたくさんあります。
「意匠」というくらいですから、一言で言えば飾りなだけですが、その飾りが靴の美しさを左右し、最終的に靴の完成度を変えてしまうわけです。
シューメイキング選手権のものは、それを突き詰めたものなわけです。
私個人としては、技巧を凝らした履けない靴よりも、実用靴の中に精いっぱいの技巧を凝らしたものの方が好きです。
実用性を省いたモノには真に美しさは宿らないと思っているからなのですが…
そういった意味で、実用性の靴の中に詰め込まれた精いっぱいの美しい意匠といえば、私はそのひとつに「スキンステッチ」を挙げます。
目次
スキンステッチとは
スキンステッチとは、「革の内部を手で縫い通す」縫製のことです。
靴の製作において、革のパーツとパーツを繋ぎ合わせる時や、飾りとして施すときに縫製をすると、通常は革の表と裏を糸が貫通します。
これに対し スキンステッチは、一方から針を入れた後、その反対側へは針を貫通させず、革の内部のみを縫い通すのです。
つまり、1ミリあるかないかの革の断面同士を縫い合わせているわけです。これを超絶技巧と呼ばずして、いったい何というのかという話です。
ちょっと大げさに書いていますが、とある靴学校で教わればセンスのある人は1週間で縫えるようになるそうです。
とはいえ、靴メーカーの担当者の方などに聞くと(伊勢丹のオーダー会に来ているシューメーカーの方など)、スキンステッチを製品として出せる一定以上のレベルで縫い続けるのは、やはり至難の業のようで、本当にごく一部の限られた職人しかできないということです。
そして、スキンステッチの工程を行う職人はどんな既製靴メーカーでも、一日中その作業に没頭しているそうです。そうしないと量産はできないということだそうで、その専門性の高さに敬服せずにはいられません。
そんな大変な生産現場がある背景から、ほとんどの場合、スキンステッチを施した靴は値段もそれなりなお値段になります。
スキンステッチ=エドワードグリーン Dover(ドーバー)
実用靴に宿った美しい意匠、スキンステッチ。
このスキンステッチに関して、最も有名なメーカーと言えば、やはりエドワードグリーンのドーバーでしょう。
|
エドワードグリーンのアイコニックモデルのひとつとして、数えられるエドワードグリーンのドーバー。現在では定価20万円超えした化け物みたいな値段になってしまい、品質も下がる一方なので、旧来のファンからはブランドそのものがボコボコに叩かれてしまっているわけですが、それでもこのスキンステッチの美しさだけはエドワードグリーンもプライドがあるためか、一定のレベルは保っているように思います。
エドワードグリーンでは、スキンステッチを縫える職人も1人、2人しかいないため、専属でずっとスキンステッチを縫い続けているそうです。チャーチのシャノンのスキンステッチも同様だそうですよ。
ドーバーのスキンステッチの場合、革同士を直角に合わせて、素材の表側から縫い合わせます。
革同士を直角に合わせて縫い合わせるという特性上、エプロンとサイドパーツが直角になるUチップでしか見ることができないスキンステッチなので、これを別名で「ライトアングル・ステッチ」といいます。
昔のグリーンに比べれば、落ちている感は否めないのですが、それでも他のメーカーのスキンステッチと比べれば、このスキンステッチに関してはレベルが上だと思います。
他にスキンステッチをやっているメーカーと言えば、国産靴ブランドでいうと、ペルフェットや三陽山長などがスキンステッチのUチップを、ドーバーの3分の1から2分の1程度の値段で出していますが、レベルの差は値段なりにあると感じます。
特にスエードやコードバンといった革は、柔らかかったり裂けやすかったりするため、スキンステッチが非常に難しく、破けてしまうそうです。
このスエードのスキンステッチの処理もグリーンは抜群にうまい。
スムースレザーのドーバーでも、そのレベルの高さは感じられます。処理が丁寧です。
こちらは三陽山長のスキンステッチ。もちろん綺麗なのですが…
やはりエドワードグリーンの靴と比べると少々粗い。
国産靴=海外製よりも値段もクオリティも良い、という図式には当てはまらない好例だと思います。
やはり値段には値段なりの理由があるものですね。
スキンステッチだけは負けねえぞ!というグリーンの気概も見られるようで個人的にはすごく嬉しいんです。
意匠で靴職人の息遣いを感じるのも、本格靴にしかできない愉しみのひとつなのです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
|
|